第一話 人事労務の男

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「おい!団長が呼んでるぞ!」

こっちは大事な書類の書きかけなんだが、しかたない。。

「・・・はい。すぐに参ります」

私は、書類が汚れないようにそっとペンを脇に置いて、腰を掛けていた椅子もゆっくりと机に合わせていった。

団長の部屋に向かう途中、周りの傭兵達が何やらざわついているように感じられた。その様子を見てこの呼び出しの要件が想像できたため、私の心の中にも傭兵達とは違ったざわつきが生じた。

また戦争が始まるのか、、、

「おう、人を集める準備にかかれ・・」

いつもどおり、主語もなければ理由の説明もない。もっと言うなら具体的な期限や規模感すら伝える気すら感じられない。

「・・・例のご領地争いの件ですか?」

クドクドと説明を求めても早く取りかかれと怒鳴られるだけなので、事前に入手している情報から、期限と規模感を把握するための確認だけをする質問を厳選した。

「そうだ、クアッド様から直接の依頼だ。とりあえず数を集めろ」

「では、条件はお任せいただけますか?」

ここで、念押ししておかなければ後で何を言われるかわからない。そもそも、正規で雇っている団員ですら、その時々で団長が、もしくは先代がその場しのぎで決定していった報酬内容であり、文句を言ってくる団員とそうでない団員との間になんの根拠もない差がついている状態である。

しかも、私が来るまでは書面すら交わしていない状態で、一体どうやって報酬の支払いを行ってきたのか、経理のルークはよくこれまでやってきてたなと感心する。

申し遅れました。私の名前は譜久里康成。社会保険労務士である。地方で開業してまもない駆け出しの開業社労士ではあったのですが、、、

過去形となっているには理由がある。

あの日、、、

電子申請でできる業務が多くなってきたため、めったに職安や年金事務所に行くこともなかったのだが、たまたま助成金関連の書類提出のため労働局に向かっていた時だった。

ふと、気がつくと草原に一人佇んでいた。

見たこともないような世界に一人。

そう、異世界にひとり飛ばされてしまったのである。

そんな絶望的な状況だった中、たまたま通りがかった先代の馬車に拾われ、読み書き計算ができるという理由で今の傭兵団、「草原の風団」に雇われたのだ。

もちろん雇用契約書などは一切交わしてない。

この傭兵団は、正規雇用の傭兵が30人で、その他生活部門を担当する人員が10人ほどのまさしく中小規模の傭兵団である。 傭兵とは、ご存じの方も多いとは思いますが、戦争や小競り合いに際して武力を商品、サービスとして提供し報酬を得る職業をいいます。 そして、傭兵団とはそういった傭兵を常時雇用する会社のようなものでしょうか。

傭兵団にとって傭兵とは、建設業、製造業でいうところの現場作業員であり、小売業でいうところの販売員や営業担当、まさしく利益を生み出す部門である。 逆に生活部門は、テントや仮設トイレの設置や清掃、食事の用意や娯楽要員など利益を生み出さない部門である。私たち事務方も生活部門に分類されています。このふたつの部門には圧倒的な格差が生じている。報酬を含む全ての待遇に関してだ。まあ命を張っているという意味では仕方の無いようにも感じるが。

その傭兵の中でも正規雇用と臨時雇用が存在し、今回は臨時の傭兵を急遽集めることになったのだ。傭兵ギルドに求人募集をかけるのだが、最近は募集内容と実際の内容が全く違うといった問題が多発しているため、募集内容を明確に提示しないと受け付けてもらえない。 特に、年齢制限や男女の性別制限なども限定的にしか許されていないのだ。団長は、そういった事情など知ってか知らずか、そんな細かいことを気にする傭兵などいらんとおっしゃられるが、昨今の傭兵不足の世情も鑑みてそんな考えで良いわけがない。 雇用期間、仕事内容、報酬内容など事細かに提示するだけでなく、傭兵団の特色や団内の雰囲気なども上手く表現して提示しなければ人など集まらない。 この戦乱の世の中で、傭兵の需要は高まるばかりで圧倒的な売り手市場となっているのだ。

「おい、人は集まったか?1週間後に集合がかかっているんだぞ」

おいおい、聞いてないぞ。まあだいたいの想像はついていたので期限的には問題はないのだが。

「はい、面接も済んでこれはという人物には採用通知を発しております」

「しかし、前にも申し上げましたが、面接に団長や部隊長が参加しなくてほんとによろしいでしょうか?」

団長も部隊長もベテランの傭兵である。若い頃から数多の戦場を経験し、良い傭兵になる人物を見る目はそれなりにあるはず。何故傭兵経験のない私が面接をする羽目になったかは、昨今の規制強化が原因ではあるが、それにしてもそれが面倒で面接に来ないというのはいかがなものか。

「いまどきの若い奴らなんか、どいつも一緒だろう」

「部隊長も忙しそうにしているからな。面接などに時間はさけられんだろう」

現場の人間が面接をしないとミスマッチが起こることは重々承知ではあるが、面接時やその後のトラブルを避ける意味でも二人がいないことに安心も感じている。面接時に聞いてはいけないことを平気で聞くし、こちらが既に提示している条件を平気で変更しようとしてくるのだ。 しかし、受け入れ体制がしっかりしていないと、入団した傭兵も不安や不満を感じるだろうし、受け入れた現場も、どういった人物が何故入団してきたのかもわからず混乱が起こり、自身の地位を脅かす存在であると敵視する場合もあるので注意が必要だ。

今回は緊急な招集だったので、臨時雇用の傭兵は5名採用、ギルドに雇用されている派遣傭兵を5名、そして生活部門で2名の臨時採用を決定した。

そんな中、臨時雇用の傭兵の中に一際目立つ存在がいた。 採用した自分でいうのもなんだが、新たな争いの種を傭兵団に持ち込んだような気がして、お腹の中を不安がグルグルと何周もする感覚を覚えていた。

雇用契約書の作成義務  

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